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『イラク チグリスに浮かぶ平和』 上映会によせて 古井義章 [2015年7月1日(第120号)]

2005年の前作「LittleBirds~イラク 戦火の家族たち」の続編として企画された本作では、前作の表題となった「小鳥たち」―米軍の「誤爆」によって亡くなった三人の幼い子どもたち―の父親、アリ・サクバン氏とその家族の、その後の十年間の記録が物語の主軸となっている。おそらくは綿井監督の当初の構想では、幼子を失って悲嘆に暮れていた家族がその後少しずつでも立ち直っていく姿を撮りたいという気持ちがあった筈である。およそ「取材対象」と「制作者」との関係を超えた深く温かい交流が綿井氏とサクバン家の人々との間にあったであろうことは、作品の端々にうかがわれる。しかし、綿井氏の期待はことごとく裏切られていく。占領軍から新政府に主権移譲されてもイラクの治安はますます悪化し、部族間・宗派間のテロの応酬が頻発する事態となる。サクバン家もアリ氏の弟が犠牲となり、ついにはアリ・サクバン氏も宗派間テロで亡くなってしまう…そして働き手を失った一家は事実上離散することになる…。作品中、数年ぶりにサクバン家を訪れた綿井監督が、アリ氏の死を知らずにいたことをその両親に詫びる場面が映し出される。事実を淡々と描くことが当たり前なドキュメンタリーとしては、作り手が「取材対象」に詫びるというのは非常に異例なことであろう。綿井監督は何を詫びているのか?大事な友人と連絡が途切れてしまったこと。何年も再訪かなわなかったこと。…助ける事ができなかったこと。様々な作者の後悔の思いが率直に表現されたこのシーンで、観客の私たちも根本的な視点の転換ともいうべきものへ導かれることになる。それまで私たちは、とりわけ米軍の理不尽極まりない暴力や、テロを奨励さえする宗派指導者たちへの怒りを感じるばかりであった。しかし今や、私たちは彼らが殺されているとき何をしていたのか?というもやもやとしたやるせない悔恨を作者と共にするのである。

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作品中、一人の少女―米軍の「誤爆」で両足先を失った―がカメラを、というより綿井氏さらに画面の前の私たちを見つめて言う「アメリカに協力した日本にも責任がある」という言葉によって、もやもやとした悔恨は明瞭な自責とならねばならない。そう、私たちの国・日本はこの戦争を真っ先に支持し、積極的に協力したのである。そのことを問い質すことが、実は本作の真の主題である。日本は湾岸戦争・イラク戦争合わせて二兆円を超える戦費を提供し、今次の戦争では特別法まで作り自衛隊を派遣した。そのことを私たち以上にイラクの人々は覚えている。では日本の政府はこの戦争の正当性についてどんな検証をおこなったか?「徹底した検証」を公約した民主党政権時、外務省が公開したのはなんとA4用紙四枚!(大量にある筈の全文は非公開。)米英でさえ開戦の正当性を公開的に検証しているのに対し、あまりの落差である。要は日本政府はまともに検証する気は全く無い。にもかかわらず、期間・地域限定だった「イラク特措法」の限定を外して常態化させようというのが、現政権が目論む「安保法制」の正体である。

昨今の「安保法制」をめぐる議論は、戦後七十年間、日本は「平和」だった事を前提にしつつ、この「平和」「安全」が現政権の性急な政策変更によって脅かされることを問題視する、あるいは反対に、日本の国力に見合った国際的な役割を果たすことがむしろ安全保障上有益である、といった水準で論じられることが多いように見受けられる。しかし、ここで問わなければならない。日本は果たして「平和」国家だったのか?70年の平和は他国の人々に抑圧、苦しみ、大量の死をも押しつけて、その上に成り立ってきたのではないのか?そもそもそれが「平和」なのか?イラクだけではなく、ベトナム、ソマリア、アフガニスタン等々での戦争に、日本は資金を、兵站基地を提供することで明らかに加担してきた。その事実があらためてこの映画を通じて露わとなって私たちに突きつけられる。綿井監督が傷つき殺されていくイラクの人々の間近に立って問うているのはまさにそのことなのである。(熊本組・法泉寺住職)

※『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映会・綿井健陽監督講演会は、去る2015年5月28日、くまもと森都心プラザホールに於いて、主催「非戦・平和を願う真宗者の会・熊本」共催「こだま」で行われました。


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