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安居に懸席して 三浦貢 [2009年10月1日(第97号)]

 平成21年度安居は、7月7日から30日までの14日間、龍谷大学本館講堂で開講され、私は初めて出席させていただきました。

 私は、50余年前、定時制高校在学中、願心寺に法務員としてお世話になりました。そのご縁で、ご住職・西寺珀水先生のお勧めを受け、平成14年8月中央仏教学院通信教育を卒業。同年11月得度。平成17年5月布教使の資格をいただきました。その後、平成20年3月、第三期「浄土真宗勧学寮真宗講座」修了。同年5月殿試通牒。西寺先生に学階・得業を受けることにつきご相談したところ快諾して下さり、今日に至りました。

 「真宗講座」で、安心論題、三経七祖教義の講義をうけるうち、親鸞聖人の教えをもっと知りたい、できれば原文で読んでみたいと思うようになりました。今は東京教区の安居の勉強会にも加えてもっております。

 今年の安居出席者は、約120名でした。中でも、いつも明るく元気な声で挨拶をされる高齢の女性の方、三十年も続けて出席されているという八十三歳の男性の方の意気込みに心打たれました。

 安居は、宗門最高の講会であり、真宗学および仏教学研鑽の成果を結集するものとする、と安居規程に規定されています。

 本年度の講題等は次のとおり。

 講 題 「顕浄土真実行文類」 「安心決定鈔」 「大乗荘厳経論菩提品」  会読論題 「機法一体」 「大行名体」 「本願一乗」でした。

 毎日、午前6時30分から12時まで講義、会読などがあります。

 講義は講題の順に本講師一時間、副講者二名、各五十分行われます。

 会読は、出席者の中から七組の問者と答者が指名され、予め示される「安居論題提要」に基づいて問答が行われます。

 論題「本願一乗」については、提要に、次のように示されました。

[題意] 成仏の法は本願一乗のみであって、聖道門及び浄土門内の要門・・真門を権化方便として、本願の一法のみが真実の法門であることを明らかにする。 [出拠] 『行文類』一乗海釈 『愚禿鈔』『一念多念文意』等 [釈名] (略) [義相] 一乗の義を明かす 一、所至の果の究竟   ① 大乗・佛乗の義   ② 二乗・三乗の義   ③ 誓願一佛乗の義 二、本願の力用(以下略)

 私は、1日目の会読に指名されました。会読論題「本願一乗」、第二日目の最初の問答の答者でした。問者の方は、東京で一緒に勉強している東北教区の人でした。

 早速、龍谷大学の休憩室の一隅をお借りして、二人で私たちなりに翌日の会読の想定をしました。午後1時から始めた勉強会が終わったのは休憩室閉室時間の午後8時でした。

 そして、当日になりました。

 会読の所要時間は7組で1時間15分ですから、一組約10分間です。

 私たちの問答が始まりました。

 私たちに典義和上の発言がありました。「今日は{義相}の最初から始めます。それでは①「所至の果の究竟」の意味から始めて下さい」

 私は、その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になりました。

 問者は、その通り問いましたが私は答えられませんでした。それは、私の想定の中に入っていませんでした。その次の、①大乗・一乗の義から問答に入っていくものとばかり思っていました。

 私の絶句のまま、十分近い時間が過ぎたのでしょう。典義和上は、次の組と交代するよう命ぜられ、私たちの会読は終了しました。折角、会読の玄関口に立たせていただいたのに、とうとう玄関に入れないまま終わってしまいました。時間を無駄に費やしてしまい、問者、ご出席の皆様に申し訳なく思っております。

 反面、貴重な経験をさせていただきました。来年はしっかりと準備をします。安居は気力、体力も必要です。七十歳以上の出席者が提出することになっている「家族同意書」がもらえるよう体調を整えて出席したいと思っています。

 希望懸席をお許し下さるよう願っています。

 親鸞聖人は「行文類」一乗海釈に、「一乗海といふは、一乗は大乗なり。大乗は佛乗なり。一乗を得るは阿耨多羅三藐三菩提を得るなり」等とお示しになっております。

 私たちすべてを、わけへだてなく大きな乗りものに乗せて、さとりへお運びくださる。と、教えて下さっております。阿弥陀様に、私はただおまかせするばかりです。

 安居に出席させていただき、この上ない大きな宝ものをいただきました。
《熊本南組・願心寺衆徒》


安心論題要項 新編

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  • 出版社/メーカー: 本願寺出版社
  • 発売日: 2003/07
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対話を始める、そして、つながり合う<講演会「蓮池透×森達也」から学んだこと>  藤岡崇史 [2009年10月1日(第97号)]

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 「非戦・平和を願う真宗者の会・熊本」は、結成五周年を記念して、北朝鮮による拉致被害者家族会前事務局長の蓮池透さんとドキュメンタリー作家で思想家の森達也さんを講師に招いて講演会と対談を行った。

 七月上旬からこの両者の対談が『マガジン九条』に連載され、そこで何度も告知が行われたことや、講演会直前にヤフーのトップページに地域情報として紹介されたこともあり、東京をはじめ遠近各地から多くの人々が参集した。

 講演の内容は非戦の会から事前に依頼していた、
①拉致問題解決が滞ってしまっている原因と、その打開策について
②拉致問題が明らかになったことによって喚起された日本の屈折したナショナリズムについて
③「人権・平和」を声高に叫びながら拉致問題について口を閉ざしてきた、いわゆる「リベラル派」が内包する問題について
という三点と、森さんの専門分野であるメディアの功罪が中心となった。

 また、さらに宇治和貴さん(託麻組・廣福寺副住職)が加わった対談コーナーでは、憲法九条の問題に踏み込んだ話も聞くことができた。

 ちなみに会から依頼した上記の三点については、蓮池さん自身の課題でもあったようで、八月末に出版された『拉致対論』で、ほぼ同内容のテーマでの対談が収録されている(対談相手は現代企画室編集長太田昌国さん)。


※  ※  ※
 講演会では、蓮池さんが「首脳同士が正式に取り交わした平壌宣言を蔑ろにし、制裁一辺倒で対応しようとしている日本の態度に問題がある」とした上で、「戦前・戦中の植民地支配に対する賠償を行い(平壌宣言は冒頭に「日朝間の不幸な過去を清算し」と謳っている)、北朝鮮と対等なテーブルで交渉を進めることに解決の道がある」と訴え、森さんは独裁政治がおこなわれていたチャウシェスク時代のルーマニア崩壊を例に出し「国交正常化を先に行い、情報と人材を流入させることによって状況を変化させた上で交渉を行ってみては」と語った。
 現在の日本政府の方針、また家族会・救う会が要請している方法論とは異なり、二人は揃って拉致問題解決への方法を「対話重視」の政策だと主張した。


※  ※  ※
 特に印象に残ったのは、「弱者であるべき被害者家族が強者になってしまった」と蓮池さんが自嘲気味に語られた言葉である。

 自らを問い直すことなく他を問い詰める行為は、何物にもかえがたい充実感と一体感を生み出すのであろう。だからこそ暴走しやすいし、他者を傷つけることに躊躇がない。 「北朝鮮=加害者=悪」・「日本=被害者=正義」という単純な二元化構造ですすめられている運動は、その危険性に強く配慮せねばならない構造となっているのではなかろうか。しかし、メディアの報道で知る限り、また今回の蓮池さんの講演を聞く限り、そういう配慮はまったく見当たらない。

 拉致問題に限って言うならば、北朝鮮が加害者側であることは動かしがたい事実である。しかし、被害者はあくまでも拉致された人であり(蓮池透さんにしても被害者ではなく、被害者家族である)、全くの他人(救う会のメンバーやメディアに感化された市民)が短絡的に絶対正義を振りかざし、声高に絶対悪として北朝鮮を糾弾していく、このような我が国の国民世論が、全世界の人道支援を喚起し、北朝鮮を動かしうるのであろうか。被害者の本当の痛みを安易に理解したような態度は、かえって失礼にあたりはしないのか。だからといって、被害者の声に向かい合うことをしなかった、これまでの私たちの態度を正当化することはできないが…。

 近年になり、北朝鮮の核開発問題と拉致問題を包括的に考える風潮がある。しかし、戦前・戦中における植民地支配の賠償問題を抜きに考えるのは、あまりにも独善的ではないだろうか。(ただし、それを理由に被害者に「痛みに耐えよ」と言うつもりはない)

 拉致問題に関して今までまったく動こうとしなかった私たちに、こんなことを言う資格はないのかもしれない。しかし、「自らを問い直すことなく、他を問い詰める行為から得る充実感と一体感」から、本当の打開策が生まれてくるかと、強く考えさせられた。

 またそれは、いわゆる「リベラル派」をはじめとした私たちすべてが内包する重要な問題でもある。それを忘れるならば、私たちの立場も単なる独善的な見解でしかないのだということも、改めて痛感した。 (託麻組・真行寺衆徒)


拉致対論

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  • 作者: 蓮池 透
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  • 発売日: 2009/08/29
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編集後記 [2009年10月1日(第97号)]

◎今夏の三浦師の書状に、安居懸席の件が記してあり、即座に、50年前の私の殿試試問時のほろ苦い思いが蘇った

◎師には、84号に、厚生省退職を機縁に、法務員として務めていた熊本南組・願心寺住職の勧めで、中佛の通信教育、そして得度、教師へとの佛縁の深まりを執筆して頂いたが、今回は、更に布教使資格、学階取得、そして安居懸席へと真宗を勉学されるその思いを記して頂いた

◎去る8月22日「非戦・平和を願う宗教者の会」主催による講演会が行われたが、その案内文の中「1933年、国際連盟は満州における中国の主権を認めて、日本の占領(満州国建国)を不当とする決議案を採択した。賛成四二票で反対は日本の投じた一票だけ。つまり国際社会による圧倒的多数の議決だった。可決直後、松岡外相は『この勧告を日本が受け入れることは不可能』とスピーチし、憤然と席を立って退場。こうして日本は国際連盟を脱退し、軍事路線をひた走った。帰国した松岡は、国民とメディアから大歓声を持って迎えられる(要旨)」という短文は、わが国が戦争へ突入した経緯を適格に指摘している

◎今回、民主党を中心とした政権が誕生したが、仏教の目指す社会の実現への道程は如何、注視したい。
(藤岡)
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