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編集後記 [2013年10月1日号(第113号)]

○東北地方で、超宗派・超宗教的ケアを行う「臨床宗教師」が養成されていると、新聞に掲載されていた。東日本大震災の「犠牲者の集い」や「遺族のグリーフケア」を宗派・宗教を超えて行うことが多く、布教でない、超宗派・超宗教的ケアの必要から考えられたという。

○これを読んで、熊本で早くからホスピスに取り組まれた葉山医師から言われたことを思い出した。「僧侶や牧師は末期ガンの人にすぐ教えを説きたがるが、そんなことは必要ない。教えを説きたいなら、元気な人にすればいい。下通りには元気な若い人がいっぱいいる」

○青木新門さんは『納棺夫日記』で、死に直面した人に言葉はいらない、死を本当に受け取っている人がそばにいればよいという趣旨のことを書いておられた。

○自死に対する偏見が自死者の遺族を苦しめていると野田師は指摘されている。私自身を振り返ると、自死にあまりふれないようにしてきた。それは子どもの死と百歳の人の死との対応の違いにもつながっている。死をどう理解し、受け止めているのか問われている。
(編集長)
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