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憲法改正の問題点-二〇条・八九条について(下)  藤岡崇信 [2007年1月1日号(第86号)]

 『浄土真宗の教章』の「宗風」に「深く因果の道理をわきまえて、現世祈祷や、まじないを行わず、占いなどの迷信にたよらない。」と示されるように、真宗信心は、民族宗教的思考と、神道的呪縛からの決別という一側面があると言えます。

 山口教区の児玉識氏は、他宗の勢力の強い周防大島本島で、真宗門徒の日々の生活がどのような特質をもっていたのかを調査し、「かって真宗のことを『かんまん宗』と呼んでいた。『かんまん』とは、この地方の方言で、『かまわん』『気にしない』という意味であるが、真宗門徒が日柄・方角等のタブーを一切気にしないで自由奔放に行動することから、他宗側が真宗をこう呼ぶに至った」と記されています。

 そして注目すべきは、「現在の寺院・門徒の状態からみて、このような真宗独自の生活様式があったとは考えられない」と記述しておられる点であります。しかもこの真宗門徒の過去及び現状の記述は、多少の差異はあっても全国各地の真宗の実態を言い表しているということであります。

 宗風とは、信心(内面)から滲み出る日常生活のあり様(外相)というべきでありましょうが、ではなぜ今日、真宗門徒の独自性は影を潜めたのでしょうか。

 この原因の第一には、僧侶の教化姿勢の問題点を挙げねばなりませんが、その根幹に、真宗寺院で「真宗」を語れなかった、語らせなかった国の施策の存在を凝視すべきだと思います。

 この歴史的事実を、今回の憲法改正の問題と重ね合わせて考え、改正賛否の判断にする必要があると思います。

 幕藩体制を倒し、新たに成立した明治新政府は、自己の権力基盤と日本民族統合の原理を、皇国史観をベースにした神権天皇制に求めたのです。1868(明治元)年には「祭政一致、神祇官再興」を布告し、神道国教化政策をスタートさせました。

 そして「神仏分離令」が発せられると、それが仏教排撃運動、いわゆる廃仏毀釈の嵐となり、同時に明治天皇による各地の神社参拝が行われ、それに呼応して宮中より仏教色を払拭するなど着実に神道国教化実現への歩みが進められました。

 このような政策が次々と実施される中、仏像仏具の破却や寺院の統廃合、僧侶には仏教教義の説教を禁じ、天皇崇拝と神社信仰を主とした説教を命じて国民教化運動を行わせたのです。

 この無謀な政府の宗教政策に対して、本派僧侶を中心にした強い批判の声をうけ、近代国家の体制を整える必要を感じていた政府は、信教の自由を容認する方向へすすみました。
 1889(明治22)年には、大日本帝国憲法が発布され、信教の自由が明記されましたが、それは基本的人権としての信教の自由ではなく、あくまでも国家神道体制枠内での信教の自由でありました。

 憲法で信教の自由を認め、現実には神道国教制をとり続けるという矛盾を繕うために用いられたのが、次のような詭弁でした。

 文部省の某局長が、講演後の質疑で「たしかに、神社には、いろいろな宗教的な性格が含まれております。しかし、神社は、やはり普通の宗教とは違った性質をもっておりますので、私どもは、神社というものは、普通の宗教とは違った・・・何と申しましょうか、まぁ宗教以上のものというふうに考えております。」と答えたと言いますが、この答弁が当時の政府の姿勢を如実に示しているのです。

 政府は必ずしも神社の宗教的な本質に目をつぶりたかったのではなく、「超宗教」である神道を仏教やキリスト教等と同列に扱わない、そしてこの論理をもって「超宗教」を国民に強制しても、信教の自由に反しないという方針に徹したのです。このようにして神道は、特別待遇の宗教・国教の地位を確立してきました。

 また、真宗門徒に神棚設置をせまり、それを断れば非国民のレッテルを貼られるという社会状況に陥り、真宗門徒の日々は「かんまん宗」を標榜していくことが不可能な時代になったのです。

 「邪教の刻印を押す最終の決定権を持っているものは政治勢力だ」という強権力により、1935(昭和10)年、日本近代史上最大の宗教弾圧が行われましたが、これを契機にわが教団も、「大麻拝受」を認め、「聖典削除」「絵像の掛け替え」等を指示しました。

 前号で述べましたように、憲法20条第3項を、国の判断で「社会的儀礼又は習俗」であると認定すれば、それは宗教ではない、従って公的機関でその教育をすることは可能、八九条では、そのようなものに対する公費支出を憲法上認めるというものです。

 このように国の判断で宗教の枠外に置き、特別扱いにしようと画策している対象はまぎれもなく神道――、先ずは「靖国神社国家護持」をもってその突破口にするであろうと思います。これは私が長年靖国裁判に関った過程で知らされた事実です。

 この改正の内容の意図、そして過去の歴史を検証する時、私たち真宗者はこの改憲を黙認して良いものかどうか、熟慮すべき問題であります。《託麻組・真行寺住職》

日本国憲法

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