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自治会の「政教癒着」に抗して(2) 藤岡崇信 [1999年10月1日(57号)]

 しかし、「この機会に『自治会長即神社総代』という慣習を終わらせる」というその具体化への二人の対応は各々異なっておりました。

 Iさんは、先ず年度始めの地区総会の場で今までの慣習が間違っていたことを皆に説明し納得してもらう。そして神社総代には、自治会長とは別の人を選定し、私の時に今後の地区運営のあるべきレールを作り上げておく。

 一方Kさんは、お札の配付依頼や寄附徴収の依頼があっても無視し、神社から催促があった時に、直接神主に「私は自治会長を受けただけで、神社の総代を受けたわけではない。お宮の世話役はそちらで適当な人を選任してほしい」と伝えたいという対処の仕方でした。

 地元ではもうすっかり定着しているこの慣習、それを充分知り尽くしている二人が、近隣・知人達からの批判を承知の上で、それにメスを入れようというのです。当然この結論に至るまでにはそれぞれの心中では大きな葛藤があったことでありましょうが、考えあぐねた末の対応をこのように話されたのでした。

 仏壮会員も各々の立場で二人に出来るだけの支援をしようということになりました。

 私も当然取り組むべきことと思っていた永年の懸案問題でもありましたので、まず二人が自治会長に就任するまでに、私が実行しておくべきことの一つとして、これらの事柄を明文化して熊本市長に届ける作業にとりかかりました。

    要 望 書   熊本市長 三角保之様  日頃は私たち市民の平安な生活のためにご精励いただいておりますことに深く感謝申し上げます。  さて、本日要望書を認めましたのは、市政執行上において、憲法の定める信教の自由の立場より政教分離のお願いであります。  去る二月四日の『熊本日日新聞』紙で「熊本市は信仰の自由に配慮し、自治会費の徴収を神社管理費などと明確に区別するよう各自治会に助言する方針を固めた」との記事を目にしましたが、全くその通りであります。日頃私が憂慮しておりました問題点を、市ご当局が取り上げていただきましたことに感謝申し上げますと同時に、この機会に、憲法に謳われている「信教の自由・政教分離」の規定を更に徹底していただきたいと思います。  明治初年以来のわが国の強力な国家神道政策は、今も人々のこころの根底にあり、「神道超宗教」の意識や、宗教に対しては「曖昧さこそ良し」とする風潮も強固であり、一方宗教者側もまたその意識に便乗して、安易な宗教法人運営を続けようという意図があるようです。  私の住む旧天明地区では、部落の神社の祭りの費用を「祈祷料」として自治会費の中に含めて徴収しているところ、また毎年春秋に「回向袋」なるものを配付し、古刹の維持費を自治会長が徴収するところもあります。  また、この自治会長の宗教法人への援助行為(世話役)は当神社や寺院が依頼しているのではなく、自治会長の交代時に自動的に引き継がれる習慣になっているというのです。  これはほんの一事実に過ぎません。また中傷や村八分を恐れて、その非を言いだせない人は多いと言われています。  年度替わりの時期にあたり、新自治会長が就任される地区もありますが、市ご当局主催による会合や連絡の機会がありましたら、どうか信教の自由・政教分離の憲法の理念厳守をご指導、ご助言いただきますようお願いいたします。            合 掌    平成十一年三月三十日   熊本市奥古閑町一七二九番地   浄土真宗真行寺住職 藤岡崇信


 私はこの願いが広く社会に伝ってくれかしとの熱い思いを要望書に託したのでした。〔託麻組・真行寺住職〕



信教の自由と政教分離

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  • 作者: 日本カトリック司教協議会社会司教委員会
  • 出版社/メーカー: カトリック中央協議会
  • 発売日: 2007/03/26
  • メディア: 単行本



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